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U-TURN

農作物と共に地域を育てる。 地域再発見・フリータウン情報誌『まいスキッ!』を発行。

職業
農家
Uターンルート
滋賀→徳島→東京→滋賀
お名前
川瀬篤志さん
URL
川瀬農園株式会社



今回お話をお伺いしたのは、米原市にて川瀬農園株式会社を営む川瀬篤志さん。農家でありながら、米原限定のフリータウン情報誌『まいスキッ!』の編集者の顔をお持ちです。Uターン、農業、地域のフリーペーパーの3つのキーワードを元に、川瀬さんの思いをお伺いしました。


建築を愛する少年が選んだ、農業の道。


滋賀県内の高校を卒業後、徳島の大学に進学。大学院卒業後は、本社のある東京へ。離島への転勤などを経験後「長男だから」との思いもあり、滋賀県へUターン。大津の設計事務所に勤めたのち、35歳で地元・米原へ。営農組合に入りました。

周囲は他の仕事をしながら活動する中で、川瀬さんは営農組合の仕事に全力投球。「組合を解散して、引き継いで欲しい」との声もあり、跡を継ぐ形で川瀬農園がスタートしました。


最初は、農業仲間とイベントを開催していました。農家がやるマルシェの先駆けのような存在。農業体験や食べ物の販売を行い、楽しんでもらえましたね。動員数やテレビ、新聞に取り上げてもらったことからみれば、大成功でした。

ただ、僕たちは農家で、サラリーマンと違って場所は移せません。絶対この土地でやっていかなきゃいけない。そのためには、地域の底上げが必要。農作物を育てながら、地域を育てたい。イベントで地域おこしではなく、地元の人たちが楽しくなる地域おこしがしたいと思いました。


当時、様々な農業者グループに参加していた川瀬さんですが、自分の住んでいる地域を盛り上げたいと、離脱。農業だけでなく、同世代の自営業のメンバーが盛り上がれるような仕組みをつくり、次の世代に受け継ぎたいと考え方をシフトしました。そして、デザイナーの立澤さんとも話し、毎月10日、同世代が集まる10日会(とおかかい)を開催。約3年、毎回10人を超えるメンバーが集まり、ご飯を食べながらいろいろな話をしたといいます。

その中で出てきたのが「本をつくろう」という話でした。


地元の人に地元の情報を届けたい。「協働事業提案制度」を利用し、「まいスキッ!」を発行。


10日会のメンバーの中から出たのは「自分たちは地元の者だから、地元の人に地元のお店を知ってもらいたい」との声でした。メンバーの中にいた、市役所職員から『協働事業提案制度』の話を聞き、利用することに。市役所としても、広報誌とは違った切り口で米原の魅力をPRできると判断。

各課からテーマを貰い、特集を組んでいました。最初は、観光課。テーマは『伊吹山』。伊吹山の登山ルートや民話、伊吹山を取材して、紹介。次は、農政課から『農業、食』。給食をカッコイイ器に乗せて、定食のように撮影したり、給食センターを全部まわって、誰が、どうやってつくっているのかを取材したり。全部で17号発行しましたね。

市と一緒にやる大きなメリットは、全戸配布。住民票をおいている世帯には、広報誌と一緒に配られます。ただ、最終号まで、僕がやっているとは表に出ていませんでした。印刷代は自費。広告費として市に買い取ってもらうページもありましたが、他のページの広告の営業やどう載せるかを考えるのは、全部僕の仕事でした。忙しかったですね(笑)。



協働事業として3年、その後市役所と一緒に2年行い、最終号を迎えた『まいスキッ!』 。その後、川瀬さんは『まいばらBOOK』を創刊。『まいスキッ!』ではお題から特集を考え、メニューやお店のPR広告を掲載していましたが、取材を続ける上で、人の魅力を強く感じたといいます。

なぜ飲食店を始めたのか、雑貨屋を始めたのか。Uターン物語と同じです。米原にも、Uターンしたり、家業をついだり、新しく店をもったりした人があなたの近くにいると、地元の人に知ってもらいたいとの思いが大きくて。みんないろいろな物語を持って仕事をしていることを知ってもらいたい、まとめたい。あとは、米原には綺麗な場所がいっぱいあるので、知ってほしいと。ポケットマネーが続く限り、本を出したいですね。


参考リンク:まいばらBOOK



継続を視野に入れた、農に関する新しい取り組み



『まいスキッ!』継続のモチベーションとなったのは、反響の大きさ。まずは3年やってみようと始めた当初は「その本なんですか?」と取材を断られるケースもあったといいます。しかし、3年目くらいから「知ってる」「うちに取材に来て」に変わり、必要とされている実感が増加。必ず3年はやる、さらにやれるなら5年と、世間の流行り廃りのサイクルともいえる5年をひとつの区切りにしていた川瀬さん。

知っているはずの風景が、知らない切り口で切り取られている面白さ。米原市民の方々からは、終了後も「もっといろいろなところを教えて」と復活を希望する声が後を絶たないそうです。

僕が農家ではなく、本業でやるなら、三市くらい引き受けてやりますよ(笑)。ただ、これからは本業に力を入れていきたい。取り組みのひとつが、米原の料理人さんが米原の食材で料理をつくって振る舞う『米原レストラン』。最終的なゴール地点は、米原中のレストランが米原の食材をつかってくれること。農家のネットワークと料理人のネットワークづくりを目指しています。


料理人さんが農家さんに必要な野菜をオーダーする仕組みができれば、双方によいことがあります。料理人さんは、自分のためにつくってもらった農産物を使うことができ、農家さんは、料理人さんとその先のお客さんを見ることができる。農業者が少ない今、オーダーの仕組みづくりが、新規就農を促すことにもつながるといいます。


行政の取り組みだと、どうしても単年度で終わってしまう。もちろん、いろいろな地域活動も含め、お金は必要です。ただ、都会のように利害関係だけで動くと継続は難しい。特に田舎の場合は根付くまでに時間がかかります。コンセプトに賛同する人が集まり、小さく始めて少しずつ大きくすることで、長く続けることができると思います。


参考:米原レストラン Facebook



滋賀県にUターン後、地域で何かを始めたい人に伝えておきたいこと


最後に、川瀬さんにUターンを目指す方に対して、伝えたいメッセージをお聞きしました。

地元で生まれ育って、隣のおばちゃんのことも知っている。イベントや事業をしていると、なんだかんだ言って失敗しても、おばちゃんたちは応援してくれる。そのモチベーションがあれば、継続できると思います。Uターンの子たちが、採算度外視で自分が思った方向性に進む、地元のために何かやろうかというのは、その部分が大きいかなと。もちろん人の目も気にする。地元だから、田舎に行けば余計に。気にはするけれど、1個好意的にみてもらえれば、力に変わりますから。

あと、僕がなんでうまくいっているかといえば、農家だから。やめる人が多い農業を、頑張って、地元のためにやってくれているってどこに行っても昔から言われます。ホントだったら、自分の子どもたちに田んぼやってくれって思っている、でも、できない。自分たちもできない、代わりにやってもらっているという人たちばかりだから、好意的。農業は、地元の人にありがとうって言われている業種です。

この数年間で、3、400人の米原の人と話しました。『まいスキッ!』を通して、子育て世代の方から年配の方まで、年齢も立場も様々な人たちと出会い、顔が広くなりました。Uターンして何かをやりたい人に対しても、この人とこの人に一回相談したら、と紹介できます。米原市が面白くなるなら、一緒について行きますよ。




取材を終えての感想

広告に関する取材は、お店や商品そのものに関する話題を取り上げることが多いですが、店主さん自身の魅力やおもしろさを伝えたい!という気持ちに共感しました。川瀬さんの言葉の中で、最も印象に残っているのは「継続」。最初は小さく、そして少しずつ拡大。この考え方は、これからUターンする人にとっても、大いに役立つのではないでしょうか。

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