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U-TURN

蒔絵の技法をどう展開するか。肩書きにこだわらない姿勢が新しい世界を切り開く。

職業
蒔絵工芸作家
Uターンルート
滋賀→京都→滋賀
お名前
大町憲治さん
URL
彩輝光



あなたは「蒔絵(まきえ)」という伝統技術を知っていますか?蒔絵とは、漆器に漆で絵や模様を描き、金粉や銀粉などを蒔いて表現する漆工芸技法のことです。日本独自に発展した技法です。

今回、お話をお伺いしたのは「Ken MAKIE Studio 彩輝光」の大町憲治さん。アーティスト、工芸家、蒔絵師など複数の肩書きをお持ちです。

どうして滋賀県を出たのか?そしてなぜUターンしたのか?さらに蒔絵の世界において生計を立てるための方法から、肩書きにとらわれない理由、そして数年後の未来まで、詳しくお伺いしてきました。

絵を描くことを仕事にしたい!思いを実現するため京都の高校に進学。


子どもの頃から絵を描くことが好きだったという大町さんは、絵を描くことを職業とするための方法を模索し、美術系の学校への進学を志望。お兄さんが京都で生活していた経緯もあり、京都の公立高校を受験し、見事合格。15歳の大町さんが見た京都とは?

京都は文化に溢れている街です。駅を降りた時点で滋賀にはない空気を感じました。そして学校には志を同じくした仲間がいっぱいいる。その空気の中にいるだけでもモチベーションが上がります。わずか15歳でもそういったことは如実に感じました。

高校卒業後は、先生の紹介を受け、推薦文をいただき修行という形で師匠の元で10年間学びました。給料というより寸志という額ですが、毎月生活費をいただく仕組みです。そして、独立し自分で生計を立てるといった流れがありました。



修行中から、いつかは滋賀に戻ろうといったビジョンはあったのでしょうか?

いいえ、正直に言って10年間の修行中、滋賀に戻ることは全く想定していませんでした。おそらく京都にずっといるだろうと思っていましたね。ただ、生活も含め自身の作品制作環境を考えた上で一度滋賀県に戻ろうと。ただ、京都からすごく離れた場所に来たという印象はありませんでしたね。



時代の流れと共に、生計を立てるための方法は変化する


一般の人にとって蒔絵師の世界で生計を立てる方法は、なかなか想像がつきにくいものです。どういった形で生計を立てていかれたのでしょうか。

私が独立した当時と、今の時代は仕事をする上での環境が違います。私が20代、30代の頃は漆器及び漆工芸産業が今よりも盛んに行われていて、技術をしっかり習得していれば、漆器販売業者からの仕事がいただけた時代。工房でずっと作業していても、技術が認められていれば、仕事がありました。ですから特別困るようなことはなかったですね。

作家活動の場に関しても、滋賀県、京都という区別はありません。生活の為の糧を求めるのであれば、場所は問わないというのが現実的な意見です。



変化が訪れたのは、バブルが弾けた頃。大町さんも人々の文化に対する思いの変化を感じ取ったといいます。技術に対する憧れ自体は持続しているものの、人々がお金を払い所有する感覚は薄れていきました。

また、家電製品の変化も漆器ニーズに大きな影響を与えたもののひとつです。漆塗りの食器は、食洗機には適しません。しかし一般に販売されている合成樹脂やガラスの器であれば、食洗機を使うことができます。一見些細なことのように思えるかもしれませんが、人々の考え方は大きく変わりました。



もちろん、今後も含め漆器業者がゼロになるわけではありません。しかし、伝統産業の中で働く人たち全員が潤うような時代では無いと考えます。だからこそ、漆を使う工芸人として自分でPRする必要がある。また、同時に独自性を高めることも重要です。技術を極め、広く多くの方に私自身を認知していただければ、他分野でも自分を活かすことができると想像します。

私はガラスや3Dプリンターで使われるポリカーボネート他 新素材など、新しい素材と積極的にコラボしています。こういったやり方を今の人たちも参考にしていただきたいですね。また、ただ創るだけでなく、HPやメディア、SNSを使った広報活動は大切です。いくら優れたモノ、画期的なモノを制作したとしても、知ってもらわなければ次の行動が起こせません。




伝統工芸の世界では、昔ながらの素材を使い伝統技法を守り続けている人がいる一方、大町さんのように新しい素材に着目し、積極的な変化を追い求める人がいます。当初から技術を活かし、チャレンジをしたいとの思いはあったのでしょうか?

蒔絵は、漆工芸における表現手法のひとつの技法です。だからこそ、どう展開するかということをずっと考えていました。そのためにはオリジナルのものをつくる必要があります。その中でSNSやインターネットを通じて、今まで会ったことがない人との出会いがあり、材料、人、物といった様々な情報を吸収することができました。

音楽には「フュージョン」という言葉があります。日本語で言えば、様々な音楽の融合です。音楽が融合するように、新しく出会った人や物と私の技術で何かできないだろうかと考えた結果、ありとあらゆる人、技術、物との融合が生まれました。誰か、何か、と組むことで、一人ではできなかったことも可能になります。



ずっと以前より受け継がれてきた、上下関係を重んじる世界。会や流派、組織に所属しながら、仕事を受託し生計を立てながら、やりたいことを発展させるスタイル。こういった方法が一般的だった時代を経て、大きな変化を遂げた現在。誰もが自分自身で情報発信できる時代だからこそ、自分が本当にやりたいことだけで生きていくことも可能になったと言えるでしょう。

もちろん、みなさん全員が同じ考えだとは思いません。私は元々独立心を抱き、芸術家になりたいとの気持ちが強かった。だからこそ組織の中で上下関係を感じながら、競争を続けることに違和感を感じていました。芸術家なのになぜ?と。だからこそそういった意味での人付き合いはやめ、その代わり新しい出会いに積極的になったことが、今の生き方をつくった行動のひとつです。


滋賀の魅力は、潜在能力の強さにある。


滋賀県から京都へ、そして再び滋賀へ戻ってきた大町さん。今は、滋賀県についてどのようなイメージをお持ちですか?

元々は滋賀にないからと京都に出たわけですが、Uターンして滋賀のクリエイターの人たちと話していると「持っている」と感じます。それから私自身の行動範囲が広がったこともあり、芸術以外の分野、例えば工業製品との出会いも、滋賀県に戻って来たからこそ。漆器以外の素材を使用するという発想も、滋賀だから感じられたことのひとつだと感じます。

また、今、ますますファジーな時代になってきたと思います。だからこそ、ひとつのカテゴリに自分を当てはめる必要はありません。私の肩書はKen MAKIE Studio 彩輝光というアーティストとして、工芸家として表に出していますが、今度は広い分野のクリエイターとしても通用していくのではという気がしています。

滋賀県の人たちとのつながり、他分野との出会いによって、自分の位置づけを変えることは可能です。特に私が滋賀県にいて感じる大きなメリットは、多くの異業種の人たちと知り合えること。つまり滋賀県で制作すると言う事で自由度が広がると感じています。



滋賀県独自の魅力がある一方、滋賀県に足りない部分もあるように思います。その点をお伺いすると大町さんからは「芸術の分野に関して言えば、モチベーションを上げて良質な作品に触れてほしい」といった答えが返ってきました。

京都や大阪からの流入者も増え、県外からの文化が入って来ている反面、それだけで満足しているのは勿体無いとの意見も。だからこそ、滋賀県から外に出る重要性は注目すべき点です。京都、大阪、東京、さらに視野を広めたいなら海外といった選択肢もあるでしょう。既に実行している人もいるでしょうが、絶対数の話で言えばそれほど多いとは言えません。

しかし、逆に言えば、そういった情報に疎い、よく知らない滋賀県らしさというのも、ひとつの良さとも言えます。だからこそ滋賀で新しく取り組む姿は、注目されやすい。そして企業のサポートなどを受けやすいという点も、確実にメリットと言えるでしょう。



未来に向けて、滋賀の中で自分を活かす方法を探り続ける


最後に、大町さんに5年後、10年後にこうありたいという姿についてお尋ねしました。

そろそろ大人しくしないといけない年齢なのかもしれないけど(笑)、可能性はまだまだあるんじゃないかと思っています。ただ今やれることを一生懸命やって、何かを滋賀県に残せたらいいとの思いもありますね。

以前は京都の中で自分自身を活かそうと思っていましたが、今は京都以外の様々な場においてでも大町をどう活かそうかと気持ちをシフトしています。意識して考えを変えたわけではなく、これが自分にとってやりやすい、生きやすい、安定させやすい。自然の流れです。

本当に5年後、10年後の自身は何をしているのかはわからないですね。もしかすると、フォトグラファーの肩書が増えているかもしれません?!…写真が好きでよく近隣に撮影に行きますが、滋賀県での撮影は面白いです。

滋賀県では、まだまだ新しい発見があるでしょう。これからのところだと思いますよ。




取材を終えての感想

伝統や技術を重んじながらも、異業種の人たちとの交流や新しい素材等に対する情報収集を積極的に行うことが、カテゴリの枠にとらわれない現在の大町さんをつくりあげたのだと感じました。また、つくるだけでなく、積極的にSNSやメディアを使いPRすることの重要性についても、説得力があります。職人、芸術家といったジャンルだけに限らず、自分のことを自分で語れる力というのは、今後ますます必要になるのではないでしょうか。

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